おとめ日記/『SAJOU』デビューの巻Vol.2
こんにちは、プランナーの“おとめ”です。
GWも明けて、初夏の気配が感じられるような陽気になりましたね!
さて、前回のおとめ日記で紹介した「SAJOU(サジュー)」ですが、今回は「SAJOU(サジュー)」の歴史を少しご紹介したいと思います。
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“サジュー”の歴史は長く、19世紀までさかのぼります。針仕事が女性達のたしなみであったその時代……。
1805年にブルゴーニュ地方サンスで生まれたジャック=シモン・サジュー氏が刺しゅう用イニシャル図案の小冊子を出版し、貴婦人の間で大きな人気を呼びました。
1838年にはパリのシテ島に「d’ouvrage pour dames (貴婦人たちのための仕事=お裁縫)」という名の最初のブティックを開店し、「ドゥ・ベルラン」と呼ばれるオリジナルのシリーズの刺しゅう図案や、様々な刺しゅう関連商品の販売を始めます。その後、読み書きや計算、もちろんお裁縫を教えるアトリエを開設すると同時に、彼は多くの展覧会に出展し、賛辞や賞を受け、「メゾン・サジュー」自体の評判が高まっていきました。“サジュー”の図案は最高品質と言われながら、価格的には庶民の手にどうにか届くものだったので、それまで貴族たちの間だけで広まっていた刺しゅう図案を庶民の手に行き渡らせることに成功したのです。
1849年にサジュー氏は、刺しゅう、カンバス刺しゅうの図案アルバムを出版し、グアッシュ画法で描かれた「Conseiller des Dames (貴婦人たちのコンサルタント)」というコレクションの作成に参加。その後「Guide Sajou (サジュー・ガイド)」というアルバム(刺しゅう図案集)を毎月発行し、これが大変な人気を獲得します。これは1854年に中断しますが、代わって「Le Moniteur des Dames et des Demoiselles (マダムとマドモワゼルたちのアドバイザー)」など人気雑誌とコラボレーションし、同誌の付録として販売したところ更に成功します。分かりやすいように、カンバス刺しゅうなどは始めの部分を既に刺しかけてある生地を付けるなど、サジュー氏は発明家でもあったようです。現代の雑誌の付録のようなことをこの時代に始めていた、ということに感心しますよね。
1871年サジュー氏は会社を義弟のキャバン氏に譲渡します。その後「メゾン・サジュー」は1954年に閉鎖されますが、その後もこの素晴らしいメゾンを人々が忘れることはありませんでした。現在まで、多くの人々が“サジュー”の「ブルー」、「ローズ」、「ロシア」または「イエロー」、「ハバナ」、「リラ」、「オレンジ」と名づけられたミニアルバムやカンバス刺しゅうアルバム、雑貨、広告用のアイテムを骨董市などでコレクションしてきました。その中のひとり、もともと骨董収集家であり何冊もの本を出版していたフレデリック・クレスタン=ビエさんは、2005年同ブランドの権利を取得し、図案集などをただコレクションするだけでなく、当時のお裁縫の世界を彷彿とさせるアイテムを復刻・再現し、商品化しています。これが、現在の「メゾン・サジュー」なのです。
今日、フレデリックさんのプロデュースする「メゾン・サジュー」はベルサイユ宮殿のそばにあります。場所も商品もおとめにとっては憧れそのもの。この伝統と文化とともに、サジューの図案がもっともっとみなさまの手によって暮らしの中に受け継がれていけばいいな~、と、日々フレデリックさんから送られてきた目の前の品々にうっとりしながら、早く『クチュリエで』ご案内できる商品に企画して、みなさまにご案内したいという気持ちでいっぱいなんです……。これからも“サジュー”の商品を楽しみにしていてくださいね。
また、すでにご案内している“サジュー”の商品(図案集、ハサミ、糸巻きカード、サンプラーブックキット、フレデリックさんの刺しゅうに関する想いとアイデアがぎっしり詰まった本“MAISON SAJOU POINT DE CROIX”)について、このブログで詳しくお伝えしていくつもりなので、ぜひチェックしてみてくださいね!



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